浜田省吾「MONEY」ー昭和と令和をつなぐ一曲ー

熱狂の時代を知るファンだからこそ気になる、ライブでの「MONEY]

現在浜省は、「Shogo Hamada On The Road 2025~2026 under the blue sky」という全国各地で大規模なライブツアーが開催されています。

昔も今も2日間公演は変わらずのようで、40年程前の浜省全盛期時代、当時20歳頃の私は市民会館に浜省が来られた時は必ずコンサートに出向いていました。

ある日のコンサートの時、なぜか(覚えていない、、)チケットが買えず、それでも浜省にお近づきしたいとの思いで、友達とコンサート会場に行き、会場のステージ近くの外で漏れてくる浜省の歌声を聴いていました。

勿論だろうけど、やはり良くは聴こえない。。。

そこで2人は会場入り口に移動し、スタッフさんに粘って粘って、、、なんと! 中に入れてもらえたんですっ(≧◇≦)

勿論チケット代は払ったと思います。

コンサート途中からですが、立ち見(1階と2階の間にある通路に立ってたので良く見えたのだ!)で楽しむことが出来ました!

今の時代、こんな事はまず無いのかな?

で、コンサートが終わったら、恒例の追っかけ!!

車で立ち去る浜省を追っかけてました(≧◇≦)  懐かしい思い出です。

好きな楽曲は沢山ありますが、

もうひとつの土曜日  片思い

悲しみは雪のように  ラストショー

J BOY   MONEY   などなど

そのなかでも、特に強烈な歌詞が「MONEY」。

MONEYは、1984年発表、9枚目のアルバム「DOWN BY THE MAINSTREET」の1曲目に入っています。

シングルカットされてされていませんが、浜省ファンには人気の高い楽曲です。

この時代のスピード感と力強さを兼ね備えた歌声は、何度聴いても力強く、心奪われてしまいます。

浜省は数多くの楽曲を持っており、ライブのテーマやコンセプトによってセットリストが違います。

いくら代表曲の「MONEY」でもライブで歌わないこともあります。

この「MONEY」を生で聴きたい!と思う人は、まずセトリをチェックしてみてください。

ドンペリニョンの意味

「MONEY」の歌詞にある

ベッドでドンペリニョン

ん?ベッドで何? と思った当時の私は、ドンペリニョンについて調べました。

「高級なお酒」「誰もが簡単に手に出来るものではない」

ということが分かった。

「高級なお酒を飲みながら彼女と楽しむと優越感に浸れるのか。こういう世界があるんだ。」

と、当時のうぶな私は遠くから覗き見したような感覚だった。

あらためて「ドンペリ」について調べてみた。

・フランスの修道士ドン・ピエール・ペリニヨン氏の「最高のワインを造る」という志のもと17世紀終わりに誕生したのが、「メゾン、ドンペリニョン」

・高級シャンパーニュの代名詞であり、貴族や富裕層に愛用されたヴィンテージワイン。

・シャンパーニュとは、フランスのシャンパーニュ地方で造られるスパークリングワ   インのこと。スパークリングワインは発泡性ワインの総称。

・価格は安くて24000円前後、高くて数十万円、超限定品は数百万円以上するそうです。

なんか、飲んでみたいですね。

「MONEY」40年前の叫びは、令和の私達に何を突き付けるのか

この歌は簡単に言えば、お金のない少年が「お金が欲しい!金を手に入れ、最高の女や最高の車・酒を手に入れるんだ!そしてあいつらを見返してやるんだ!」

という歌だ。

40年前のバブル経済真っ只中にふさわしい”金”をテーマにした歌だと思う。

令和の社会は、あの頃より優しくなったのでしょうか?

・SNSで可視化される収入や成功体験

・副業、投資、資産形成という言葉の氾濫

・「稼げない=自己責任」という空気

40年前より、お金の話はむしろ日常の中心に入り込んでいます。

欲しいものはすべてブラウン管のなか

まるで悪夢のように

今はブラウン管などないが、変わるものが、液晶TV、スマホだろう。

TVの向こう側にあるものは、高級品、成功者の姿、豊な暮らし、理想の人生がある。

画面の中には、次から次へと「欲しいもの」が現れ、欲望が掻き立てられる。

だけど

悪夢のように

手に入れても満たされない。

手に入れようと頑張って働くも、手が届かない。

でも、画面には絶えず欲しいものが映っている。

また、もしくは、やっぱり欲しくなる。

逃げ場のないループ。

だからこそ、それは夢ではなく、悪夢なのだ。

この曲は、お金、成功、欲望、そして人間の弱さを、遠回しな比喩ではなく、真正面から突き付けてくる。

令和に生きる少年や少女、若い成人に、この歌詞について聞いてみたい。

今の社会は、老後資金や子供の教育費、習い事費用、将来への不安を理由に、投資を勧める広告があふれている。

少子化が進む一方で、一人の人生、一人の子供にかけるお金は、昭和の頃よりずっと重く、多くなったように感じる。

物価は上がり続けているのに、習い事も旅行も外食も、「当たり前」の基準だけが引き上げられているように思う。

当時看護学校に通っていた私は、家は裕福ではなく、家族旅行といえば、決まって隣の県の親戚の家でした。

だから私は、看護師になって、お金を貯めて、いつか自分の好きなことをして、自由に旅行に行くんだ!と思っていました。

「MONEY」に登場する人物は、立場も性別も詩の背景も私とは全然違うが、「金の先にあるはずの人生」を夢見ていた感覚だけは、あの頃の自分と、どこか重なっている。

「MONEY」が語られ続ける理由

浜省の「MONEY」は、時代背景や立場が違っても、聴く人それぞれの現実に重なってしまう歌だ。

お金に振り回される側なのか、

お金を手にした側なのか。

その違いはあっても、誰もが一度は「金の先にある人生」を思い描く。

だからこの歌は、心の中から消えることがない。

ブラウン管の向こうにあった欲望は、形を変え、今も画面の中でうずめきあっている。

そして私達は、その前で立ち止まり考えてしまう。

ーー自分は、何のためにお金を求めているのか。ーー

40年前に生まれた「MONEY」は、昭和と令和をつなぐ一曲として、今も聴く人の中で生き続けている。

 

 

 

 

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